Vol.4
あるひと時を、一緒に過ごすこと。
Dutch Waltzという曲名を見つけ出すのに、思いのほか時間がかかった。昼休みに入り、コロッケサンドとコーンパンをさっと食べてしまってホットコーヒーを入れ、デスクのPCでネットを開く。アイスダンスの課題曲、ということだけをヒントに検索してみると、思ったほどには情報が出てこなかったが、どうやら課題曲なるものは数種類あることは分かった。これの中の一曲なのだろうか…それとももっと別の曲なのだろうか…。メロディしか分からず、しかももう一度聞いてみれば分かるが口ずさめるかといえばできない、そんな曲を探し出す道のりはなかなか険しいかもしれないと思い始めながら、検索で引っかかったページを一つずつ見続けていく。しばらく見ていたら、映画の中に出てきたステップの図表がパッと現れ、そこにDutch Waltzという曲名が書いてあった。あ、これだ。と思ったところで、デスクの電話が鳴った。プー・プー・プーという内線呼び出し音。時計を見ると、昼休みが終わっていた。電話に出ると、ちょっとした業務連絡があった。
Dutch Waltzという曲を聴いたのは、先日観た『ぼくのお日さま』という映画の中でのことだった。アイスダンスを始めたばかりの二人が取り組む課題曲であり、スケートリンクで規定のダンスステップを踏むための課題曲。二人はコーチからラジカセで初めて聴かされ、同じように、私もその時初めて聴いた。とてもシンプルなワルツだけれど、この映画から聞こえてきたたくさんの素敵な音楽の中で、なんだか特に波長が合ったのか、聴いた途端に好きになった。映画の中でも、重要な意味を持つ。ワルツは3拍子の曲だから、この曲は三人の曲でもあるのだと思う。
映画音楽には、2つある。映画の中の人たちにも聴こえるものと、聴こえないものだ。監督はこの曲を、映画の中の人たちにも聴こえる、言い換えれば、映画の中の人たちと映画を観ている私たちが共有できるものにすることを選んだ。
Dutch Waltzを一緒に聴き、映画を観ている私たちは彼らがその曲に乗って美しくスケーティングできるようにまで上達した様子を見る。しかし二人が大会会場で一緒に踊ることはなかった。それは苦い味もするのだが、評価や結果というものと切り離して二人の踊りを、映画を観ている私たちの中だけに封印したそのやり方は、とても美しく尊いやり方だったと感じた。この映画がきらきらと美しい輝きを持っているのは、それゆえだと思う。映画の中の彼らにとっても、苦い味だけではなかったことは、観れば分かる。
何かを一緒に見た、聞いた、やった、というような体験を共にすると、その思い出は一人の時とは違い、2倍にも3倍にもなったりする。この映画を観終わった時、改めてそんな風に感じることができた。…… あるひと時を、一緒に過ごすこと。それはなんだか簡単なことだった気がするけれど、時代によっては困難な時もある。けれど、ふとした縁なのか、何かのタイミングなのか、時代の変わり目なのか、人生には本当にふと、思いもよらないひと時がやってくることもあったりする。今はそんな風に思う。
しばし手を止めてぼんやりと思いにふけっていたら、プー・プー・プーとまた内線の呼び出し音が聞こえた。一日に何度かこの音を聞くのが日課になっている。プー・プー・プー。このシンプルな音に呼ばれて受話器を取ると、時にはシンプルな用件だったり、時には複雑な用件だったりする。プー・プー・プー。思えば結構、いろいろな、そしてたくさんの用件を聞いたなあ、とふと思った。そんな風に思いながら、いつものように受話器を取った。
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