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Vol.7

 

出会うことなんて思ってもみなかった


 

12時から13時の間にいつも必ず届くメールがある。昔ネットで買った有名なお菓子のお店から来る、デイリーお知らせメールだ。いつも読んでいるけれど、送り主には会ったこともなければ声を聞いたこともない。けれど、親切なメールだから親切な人なのかもしれないと思っている。
交わることなんてなかったであろう人が出会い、やがて別れることになる。映画ではいつも、このことが繰り返し描かれてきたように思う。先日観た映画『オークション 〜盗まれたエゴン・シーレ』も、その一つにあたる。多くの場合、出会えばそこには友情や愛が芽生えたりするものだけれど、この映画はひと味違う。もしかしたら人は、それがどんな世界であれ、生きたことのない、理解の及ばない世界では、一緒に生きられないのかもしれない。と、思いもする映画だった。
映画『オークション 〜盗まれたエゴン・シーレ』は、ミラクルのような実話が元にあり、終わってみれば不幸になった人などいないにも関わらず、とても現実的な映画だった。例えば登場人物の一人である夜勤労働者の青年は、偶然所有していた一枚の絵画をきっかけにして、出会うことなんて思ってもみなかった美術オークションの世界やその世界で競い合う人々と出会い、最後には思ってもみたことがない大金も手にする。しかし、オークションでの、果てしない金銭感覚がひしめく世界を目の当たりにした彼は、戸惑いのあまり涙が止まらなくなる。異なる世界を理解することは、とても難しい。理解の限度を超えてしまったら、なおのこと。世の中というもの、あるいは人間という生き物が生きている世界は、そういうものだと、この映画は示しているようにも見える。人間たちによって不思議な運命を辿ってきたエゴン・シーレの一枚の絵も、静かに何も語らず、ずっとそんな風景を目にしてきたのかもしれない。
この映画は、作りもひと味違えば、後味もひと味違って複雑だ。どこか戸惑いが混ざった複雑さがあり、忘れられない。青年は手に入った大金による変化を好まず、大半を使わず、元の夜勤労働者生活に戻る。そんな青年にカメラは寄り添うことはせず、最後まで距離を保って映し出す。このラストを観た時、最初は、彼が好まなかった“変化”というものは、周りの環境のことのように思えた。例えば、仕事といったこと。というのも、ラストの画が仕事場のロッカー室だったからだ。しかしそれから少し経って、ふと、彼が変わってほしくないと思ったものは、周りの環境ではなく周りの人だったのかもしれないと思うようになった。一緒に仕事をしている友人や、今までの日常で一緒に過ごしてきた家族。やがて自然な変化が訪れる時まで、このままで今はいい。映画の一場面一場面を改めて思い返すと、青年がそう思ったとしても、それはとても納得のいくことに思えた。
青年の心情はほとんど語られないのだが、それと同様に、他の登場人物の心情も語られない。それがこの映画の特徴だとも思う。内面を映すカットがない。主人公ではない青年の、戸惑いのカットを除いて。出てくる人物はみんな複雑な事情と心の内を抱えていることが垣間見えて、その事情はいつどこで表舞台に飛び出してくるのだろうかと思って観ているのだけれど、表舞台には出てこないままである。さらには、ここに1カット、心情にまつわるカットがあっても良いのではないだろうかと思うところに、ことごとく、無い。そのことが逆に、心情に思いを巡らしよくよく考えることになる。そしてどんな人間も皆ミステリアスであると、思いもする。感情の省略がおそらく、あの戸惑いのカットを生んでいるのかもしれないし、あるいは、戸惑いを残すために、他の全てを省略したのかもしれない。いや、どうだろうか…。
そんなことを考えていたら、スマホの画面がふっと明るくなってメール着信を知らせてくれた。見ればお菓子のお店からのデイリーメールだった。「バレンタインの準備はお済みですか?」
あぁもうお昼か、と思うのと同時に、その温和なお知らせで、一月が終わって二月が始まったのだと、妙にはっきりと、現実が目に前に現れた気がした。
 

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detail  
2025年1月21日 映画「オークション 〜盗まれたエゴン・シーレ」@UPLINK吉祥寺

information
映画「オークション 〜盗まれたエゴン・シーレ」--- 2025年1月10日よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにてロードショー--- 公式HP(https://auction-movie.com)

 

 

 

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©️ Asako Hyuga